外国語を学ぶということ

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中学生から英語学習を始め(厳密には小6の冬くらいから独学してました)、大学ではベトナム語を学び、外国語学習歴は10年を超えてきました。

どうしてそんなに語学ばっかりやるの?

どうしてベトナム語なんかやるの?

この手の質問は幾度となく投げかけられました。
今日は私なりに考える外国語学習の意義をまとめます。
英語を学ぶ意味が見出せなくてつらい、新しい言語をやってみたいなど、英語に限らず外国語学習全般においてなんらかの感情を抱いている人たちの参考になれば幸いです。

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言葉を学ぶ意味

私にとって外国語とは、「新しい世界へ踏み込む鍵」です。
日本において、英語を知らなくても生きていくことはできます。
しかし、英語を学んでいたからこそ、日本語では見ることができない世界を見られたと思っています。

日本語では読んだことがない文章を読んだ。
日本語が話せない人と意思疎通ができた。

英語を通して、日本語だけでは一生出会うことがなかったかもしれない知識や経験を自分のものにすることができます。
言葉は、情報をやり取りするツールのような役割を果たします。
日本語だけでなく英語というチャンネルを持っていることで、それだけ知識や経験を得るチャンスが広がるのです。

英語以外の言語を学ぶということ

ところで、世界にはいくつの言語が存在しているか知っていますか?

あるふたつの言語を方言として扱うか、別の言語として扱うかなどによって数が変わってきますが、だいたい6000〜7000語程度存在すると言われています。
(数え方によっては1万語という説も…。)
英語は、6000〜7000分の1に過ぎないわけです。

「英語ができないと海外でやっていけない」
こんな言葉をよく聞きます。
こういうことを言う人たちに私は問いたい。
あなたが言う「海外」とはどこを指しているのか?と。

現実問題として、一人の人間が世界中の言語をマスターするのは無理な話です。
母語が違う人同士が互いの母語以外の言語でやりとりするとき、媒介言語として英語が選択されるケースは、他の言語と比べると圧倒的に多いです。

しかし、世界中のどこでも英語が通じる訳ではありません。
旧ソ連圏なら媒介言語にロシア語が選択される場合もあるでしょう。
実際、海外旅行中に外国語=ロシア語という認識を持っているんだろうなと感じる人に出会ったことがあります。

スペイン語圏、中国語圏は英語が通じないという話はよく聞きます。
ヨーロッパでも、ドイツの都市部からちょっと郊外に出れば、英語で道を聞くのすら一苦労です。

それぞれの言語は、それぞれの言語でしか見ることができない世界があると考えています。
英語はその汎用性の高さから、より多くの未知の世界の入り口を見せてくれるのが特徴でしょう。
ただ、それはあくまでも入り口です。

もちろん英語でより深く入り込めるときも多々ありますが、他の言語を通してでないと深いところまで踏み込むことができない世界の入り口かもしれません。

自分がどんな世界を見たいのか、どんな世界で生きていきたいのか、それをはっきりさせたら、もしかすると英語以外の言語を学ぶという選択肢を検討すべきなのかもしれません。

まとめ

もしかすると、私は「アンチ英語」なのではと思われるかもしれませんが、決してそうではないです。
ただ、なんとなく英語を学ぶという選択をしているのであれば、英語が見せてくれる新しい世界にすら気づけないのではと危惧しています。

また、外国語学習は複数言語を並行して行っても良いと考えています。
いろんな外国語学習経験が新たな言語を学ぶときに助けとなることがよくあるからです。
中国語をやりたいから英語の勉強をやめよう、ではなく、細く長く英語も続けることで、中国語学習に役立ったと感じる場面がきっと出てきます。

英語に限らず、外国語を学ぶこととは「場所を選ばずに新しい世界へ冒険する鍵を手にできること」だと思っています。
冒険はいつも楽しいことばかりではありません。
つらいこともたくさんあるでしょう。
それでも、一歩一歩確実に積み重ねていけば、次のステップに進むことができます。
ふと振り返ると、随分遠くまで来たなぁと感じられるでしょう。

皆様の外国語学習ライフが、ドキドキとワクワクで満ち溢れますように^^♪
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