もしも生まれ変わるなら。

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私が高校生のときの話です。

英語の授業中、

もしも生まれ変わるなら、男の子になりたいですか?女の子になりたいですか?

という話題になったことがありました。

少人数授業のため、クラスの約半数の子と同じ授業を取っていて、そのときはたしか8:12で女の子が若干多かったと思います。

もしもあなたが生まれ変わるなら、男の子になりたいですか?女の子になりたいですか?

この20人のうち、何人が来世は男の子になりたいと答え、何人が女の子になりたいと答えたと思いますか?

男の子と女の子

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来世は男の子になりたい?女の子になりたい?

正解は、

20人全員が、来世は男の子になりたいと答えました。

もちろん私を含めて。

女の子はなぜ男の子になりたいのか

男の子になりたいと答えた女子代表として、考察してみます。

結論から言うと、

女の子は周りとの関係で、行動面で選択肢を狭められる傾向が強い、この一点に尽きます。

小学生の頃、同性のクラスメイトのグループ間のもめごとがちょこちょこあって、いろんなことを我慢していました。

高校生の頃、みんなで集まって、大人から見たらバカだなぁと思われそうなことを本当に楽しそうにやっていたクラスメイトの男の子たちが、実はけっこう羨ましかったです。

そうは言うものの、高校までって、「男の子じゃなくて、女の子だから」という理由で嫌な思いすることってそんなにありませんでした。

ですが、大学生になってから、度々そう感じることがありました。

年齢的には大人。学生としてではなく、ひとりの個人として接していただける機会が増え、少し誇らしい気分になることが多くなりました。

と同時に、悪気はないのでしょうが、「女性なんだからこうしなさい、これはするな」と言われることが多くなりました。

今は大学院生ですが、学部生のときにお世話になった先生から、「院生は半分社会に出たようなもの」とことあるごとに言われてきました。

性別に絡んで嫌な思いをすることが、正直に言って学部生のときより増えました。ほんの少しですが。

「もしも生まれ変わるなら」と問われた高校生のときのあの日。

今思うと、世間を全く知らない小童でも、身近な大人からなんとなく「大人の世界」を感じていたんだと思います。

男の子はなぜ女の子になりたくないのか

この問いの答えは完全に憶測で考えてみます。

そもそも、本当に女の子になりたくないのかを疑う必要があると思います。

ハーマイオニー役で一躍有名になったエマ・ワトソンが2014年に国連で人権に関するスピーチを行いました。

そのときの彼女のスピーチから一部引用します。

「男性とはこうあるべきである」「仕事で成功しなければ男じゃない」という社会の考え方が浸透している為に、自信を無くしている男性がとても多くいるのです。つまり、男性も女性と同じようにジェンダー・ステレオタイプによって苦しんでいるのです。

男性がジェンダー・ステレオタイプに囚われていることについては、あまり話されることがありません。しかし、男性は確実に「男性とはこうであるべきだ」というステレオタイプに囚われています。彼らがそこから自由になれば、自然と女性も性のステレオタイプから自由になることが出来るのです。

男性が「男とは攻撃的・アグレッシブであるべきだ」という考え方から自由になれば、女性は比例して男性に従う必要性を感じなくなるでしょう。男性が、「男とはリードし、物事をコントロールするべきだ」という考え方から自由になれば、女性は比例して誰かにリードしてもらう、物事をコントロールしてもらう必要性を感じなくなるでしょう。

【全文】「今こそフェミニズムを見直すべき」 女優エマ・ワトソンが国連で“男女平等”を訴えたスピーチより引用

女の子が男の子になりたいと答えたのは、この中で述べられているジェンダー・ステレオタイプによる選択肢の狭まりによるものでしょう。

男性に対するジェンダー・ステレオタイプは選択肢を狭めるというより、「こうあるべきだ」という性質に関わるものです。

「こうあるべきだ」という男性のジェンダー・ステレオタイプの対極にあるのが、おそらく「女性」なんでしょう。

もしも生まれ変わるなら、と問われた男の子の中には女の子になりたいという人もいたかもしれません。

でも、それをジェンダー・ステレオタイプが許さなかったと推測しています。

性別って?自分って?

性別は、生物的特徴、社会的特徴、嗜好的特徴など、様々な面から男性と女性に区別されます。

でもこの区別って、本当に完全な二項対立なんでしょうか。

自分自身について言えば、雑貨、暖色、お菓子など、いわゆる「女性っぽい」ものが好きです。

でも、性格は、サバサバしているというか、あんまり「女性らしさ」というものはない気がします。

メールやネットなど、文字ベースでやり取りをしていると、「男性だと思ってました」と言われることが多いです。

私にとって「男なのか女なのか」というのは二項対立の概念ではなく、グラデーションのようなものです。

小さい頃、「男っぽい」とからかわれて嫌な思いをしたことが何度かありました。

(ここで大事なのは「男っぽい」のが嫌なのではなくて、「からかわれている」ことが嫌なのです。)

多分、なんらかの面から見たときの自分の特徴が、「男性のジェンダー・ステレオタイプ」に近かったんでしょう。

今、あのときの問いに答えるなら。

別にどっちでもいいです。もっと言うなら、また「私」という人生をやってみたいです。

それが何かの面から見て、男っぽかろうが、女っぽかろうが。

自分がいわゆるLGBTだとは思ってはいませんが、このどっちつかずな感じを認めたら、自分もそう悪くないかなと、ふっと心が軽くなった気がします。

んーでも欲を言えば、そんな多様性がもっと受け入れられる社会に生まれたいかな。

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