自分を素直に表現する。

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私の対人関係のスタンスは「いかに嫌われないか」でした。

ここ最近、やっとそれを自覚しましたが、思い起こしてみると幼稚園くらいの頃からこのスタンスでいたように思います。

正直に言って、「いかに嫌われないか」を考えるのって、疲れます。

しかし悲しいかな、このスタンスで動くのが染み付いてしまっているんですよね。

少しずつでも、この考え方から脱却できるように、だーっと書きなぐってみます。

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そもそも「みんなから愛される」なんて無理。

誰しも、合わないなーっていう人のひとりやふたりはいるものですよね。

「いかに嫌われないか」を第一に考えていても、誰からも愛されるなんて、土台無理な話です。

どうやっても無理な話を、どうにかしようと考えるのは、エネルギーと時間の無駄。

この前提を忘れてはいけません。

人を好きになる理由もなければ、嫌いになる理由もない

「人を好きになるのに理由なんてない」

よく聞く言葉です。

「人を嫌いになるのに理由なんてない」というのも、真理のような気がします。

優しい、明るい、面白い。嫌味っぽい、うるさい、すぐ怒る…

誰かの好きなところ、嫌いなところをあげることは簡単です。

けど、それが、その人のことを好きか嫌いかに直結するわけではありません。

嫌われないことと、仲良くなることの矛盾

誰からも嫌われない方法。

それは「誰にも近づかない」です。

他人と交わることがなければ、嫌われることもありません。

一方、誰かと仲良くなろうと思ったら、その相手に近づかないといけません。

近づいた結果、相手に嫌われるかもしれません。自分も傷つくかもしれません。

でも、近づかないことには仲良くなることもできません。

自分を素直に表現する

気持ちを偽った状態で近づいても、それは本当の意味で近づいたことにはなりません。

もちろんこれは分かりきったことだとは思いますが、意外に見落としがちなのが「素直に」の部分。

ここぞというときには、汚い言葉でもいい。なんなら言葉ではなくてもいい。

飾らない等身大の自分を表現するのって案外難しいけど、絶対に大切。

嬉しいと思ったら嬉しいと表現する。悲しいと思ったら悲しいと表現する。

私自身、感じたことを言語化するのが苦手です。

10のことを感じていても言葉にできるのは4くらい。

稚拙でもいい。みっともなくてもいい。

自分が感じたことをアウトプットしていきたいです。

みっともない姿を多少さらしても、簡単には嫌われることはないですから。

早く大人になりすぎた子どもの私

この記事を書こうと思ったきっかけは、ある人に私の今までの生き方や考え方を言い当てられたからでした。

そのときに言われた言葉で印象に残っているのが「もうちょっと子どもでもよかったのに、早く大人になりすぎちゃったんだね」です。

これも最近自覚したことですが、私は昔から他人の感情が高ぶったときに、その人の気持ちに対して同調しやすいみたいです。

なんで悲しいのか、怒っているのか、不安なのか、その理由はわからないまたは言語化するのが難しいときが多いですが、とにかく「あ、この人は今悲しんでいる」というのを敏感に感じ取れるような気がします。

空と海

ここで、もう少し私自身について突っ込んだ話をさせてください。

私は「出身地はどこですか?」と聞かれるのが苦手です。

いつも「転勤族なんで何回か引っ越ししたんですが、一番長いのは山梨です。でも、大学入学と同時にまた親が転勤になって今は実家は福岡です」または「高校は山梨で出ました」と答えています。

転勤族だった私の家族は、いつ引っ越しをするかわからない状態でした。

結局、家の引っ越し自体は生まれたばかりの頃に1回、幼稚園の年長の4月に1回、小学1年生のときに1回、私の大学入学と同時に1回だったので、義務教育はほぼ丸々ひとつの地域で過ごしたことになります。

けど、私が引っ越し先の土地に愛着を持つことに対して、自身の出身地に対する郷土愛が強い親はあまりよく思っていなかったのがわかりました。

自分自身、「嫌われたくない、傷つきたくない」という思いが強く、転校先の周りの人たちと距離を取っていました。

さらに、特に小学校の高学年から中学にかけて、クラスの中の人間関係が複雑でした。

つらい、悲しい、怖い。

クラスメイトが抱いているそんな感情に当てられて苦しくなるのを避けるために、意識的に距離を置いていました。

距離を置くと、さらにいろいろ見えてきます。良くも悪くも。平均的な小・中学生よりは、無駄に悟っていたと思います。

親の気持ちを感じ取って「嫌われたくない」を優先した結果、そして「傷つきたくない」がゆえに自らも周りと距離を取って守りに入った結果、出身地を聞かれると困るようになってしまいました。

そうはいっても小中高と多感な時期を過ごし、自分の基礎を作ったのは引っ越した先の土地です。

自分を素直に表現するための第一歩として、まずは「私の出身地は山梨です」と答えるところから始めます。

変な前置きをおいて自分を守ろうとするのは、やめにします。

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