モノの死蔵問題ー私は脳死で延命治療してほしくない

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普段は実家から離れて暮らしていますが、帰省するタイミングで実家が引っ越すことになったため、引越しの手伝いをしています。

私は割と身軽で、使わないものは次々に捨てたり譲ったりします。

ですが、私の両親は違います。

新居での荷解き作業中でのこと。

母と一緒にダンボールいっぱいに詰まった食器・コップ類を食器棚に収めていました。

見覚えのある食器に懐かしさを覚えることもありましたが、見たことないものもちらほら。というか、かなりの量。

中には箱から出ていないものもありました。

「お母さん、これいつから持ってるの?」

と聞いてみると、実は私がまだ実家で暮らしていたときからあるのに、箱からも出さずに奥底にしまわれていたものが大量にあったのです。

「使ってるのか、使ってないのか」と聞いても「使える」という返事。

うーん、アイスかホットか聞いてるのに、「Mサイズ」でと返されてしまった。

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私、脳死になったら延命治療してほしくないの

そんな時、ふと私の口からこぼれた言葉がこれでした。

脳死判定を受けてから生命維持装置をつけるか否か、それを本人の意思を確認できない場合親族がどう判断するのかがしばしば大きな問題になります。

生命維持装置をつけるつけないのどちらが良い悪いの話ではありませんが、私個人は、脳死になったら生命維持装置はつけてほしくありません。

脳死状態に陥ると、パッと見ただ寝ているようにしか見えないそうです。

しかし、現在の医療では目を覚まさせることはできません。

見た目はとても綺麗なのに、動くことができない状態が、私の中で死蔵されるモノたちと重なって感じられたのです。

この言葉と説明を聞いた母は何かストンと腑に落ちたようで、もらったけどデザインが気に入らないモノは捨て、気に入ったモノは箱から出して使える状態にしたり、目につくところに飾ったりしていきました。

モノは生命体ではない。だからこそ活かし方を考えてあげたい。

どんなに思い入れがあるものでも、モノは息をしません。心臓もありません。

だからこそ、活かし方をきちんと考えてあげるべきだと思うのです。

使われずしまい込まれた状態、文字通り「死」蔵された状態は、モノが死んでいる状態です。

あらゆるモノは狭義の意味で生きていません。自分の手元にあったら死んだ状態になってしまうモノでも、それを使ってくれる人がいるかもしれません。

そうなった時、モノは活きるのです。

使わなくても、飾って、ふと目に入った時に心が和んだり嬉しい気持ちになったりすれば、十分モノを活かしていることになります。

どんなに使える状態でも、モノそのものが古くなったり、デザインが古かったり、一部が壊れていたりして、活かしたいという人がいない場合、モノは死にます。

そんな時は、「今までありがとう」と、場合によっては「放置していてごめんね」と心の中で言いながら、供養してあげたい。それも一つの活かし方なのかなと。

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